聖ヤコブの貝:ホタテの秘密
ボッティチェルリ作の名画「ヴィーナスの誕生」の女神ヴィーナスが立っているのが、ホタテ(厳密には、日本種と違うヨーロッパホタテ。以下同様)の貝殻だ。ホタテ貝は「coquille Saint-Jacques(コキーユ・サンジャック)」、直訳すると「聖ヤコブの貝」という意味になる。

どうしてこの名前がついたのだろう? ホタテには「再生」「豊穣」という意味があり、サンティアゴ巡礼した者の魂も再生すると言われているが、いったいどんなパワーがあるのだろう? ホタテの秘密を探ってみた。
キリストの十二使徒の1人ヤコブは、イベリア半島に布教の旅をした後、紀元44年、エルサレムで斬首され殉教した。弟子たちがスペイン北西部のガリシア地方に埋葬するためヤコブの遺骸を運んだ際、その船の底に貝がびっしり付着していた・・・その言い伝えから、この貝を「聖ヤコブ(サンティアゴ/サンジャック)の貝」と呼ぶようになった。

埋葬地は忘れ去られていたが、9世紀、ガリシア地方の農民が、夜空に輝く星に導かれてある場所を掘り起こしたら、そこに聖ヤコブの遺骸があった。その場所は「コンポステーラ」(ラテン語で「星の野」)と呼ばれ、これ以降、ヨーロッパ中の信者たちがこぞってこの地を目指すようになる。当時のキリスト教徒にとって、聖地巡礼は重要な意味を持つ旅だった。
ヨーロッパ内陸を出発し、長い長い苦難の末に目的地サンティアゴ・デ・コンポステーラに到着した巡礼者たちは、ガリシア沿岸部がホタテの名産地であると知り、巡礼を成し遂げた証に貝殻を持ち帰った。ホタテの貝殻は、聖地参りの達成感を表す記念品として巡礼者の誇りの象徴でもあった。

貝殻は実用的な役割も果たしていた。巡礼者たちは長い道中、飲み水を汲んだり、食事をしたりする際に器として貝殻を使うようになった。ホタテの貝殻は単なる巡礼の象徴ではなく、実生活で役立つ道具としても機能していた。

そして、近年になって、この巡礼路そのものがホタテの形の標識となった。ヨーロッパ各地の巡礼路が最終的にサンティアゴ・デ・コンポステーラに集約される。巡礼者のたどる道筋がホタテ貝の形に重なる秀逸なロゴ。これは1984年、フランス人の司祭によって生み出されたデザインだ。

ホタテは大体4年で収穫可能となる。ホタテの漁期は10月1日~5月15日。祝祭(クリスマス)シーズンには食卓の花形となる。が、ホタテは単なる海産物ではない。大西洋沿岸を資源管理する採貝の職人技に支えられ、地域の厳しい海洋とその特性、巡礼路の歴史とも深く結びついている。比類なきパワーシンボルだ。

大ぶりで柔らかく甘い身(貝柱)を守り育む二枚の殻。ホタテは、英仏海峡の激しい潮の流れに揺られながら、普段は砂地の海底にひっそりと生息している。が、殻を勢いよく開閉させて急激に移動することもある。それが、帆を立てて走る姿として「帆立貝」と日本で呼ばれる所以だ。

ホタテは雌雄同体、一つの個体が両方の性を有する両性具有だ! この天の采配により効率的な繁殖も可能になる。しかし、フランスでは資源の枯渇を防ぐため漁獲は週に数時間のみに制限され、厳格な漁獲枠や殻の最小サイズ直径11cmの規定など、細かいルールのもと採貝が行われている。持続可能な漁業。こうして適切に保護されることで、資源が順調に再生・維持されていく。


食べて美味しいホタテだが、貝殻は大量に捨てられるだけ。それを廃棄せず役立てようとしているのが、砕いてコンクリートに混ぜる基礎建築資材だ。近年、さらに細かいホタテパウダーを用いた石鹸や化粧品がフランスで開発されている。粉末は水に溶かすと強いアルカリ性になり、油汚れや皮脂汚れ、消臭や除菌、洗剤の代わりにもなる天然成分らしい。貝殻由来のオーガニック洗剤はこちらではまだ見ないが、これで洗えば、排水したら河川がきれいになって海に還る。聖ヤコブの貝殻は、地球の未来の鍵を握っている?





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